13-016. 「和」について
2013.05.12
13-016. 「和」について
「同一」のものがたくさん集めてもその総和は「和」にならない。
1+1+1+・・・ ≠ 「和」
1+1+1+・・・ = 1
「同一」のものをいくつ掛け合わせてもその積は「和」にならない。
1 x 1 x 1 x ・・・ ≠ 「和」
1 x 1 x 1 x ・・・ = 1
「和」を成立させる基本的な要素は 「違い」である。
異なったものが並立することによって「和」が生み出される、作り出される、醸し出される。
4人のテノールが、同じクローン人間さながら、同じ声で同じ旋律を見事に歌ったとしても、そこには「調和」「ハーモニー」は生まれない。
ジョンとポールとジョージとリンゴが、それぞれ勝手に自分のパートを歌うとき「ハーモニー」が生まれ「和音」が耳を喜ばせる。
50のトランペットが一斉に見事に同じように同じ音を吹奏すれば、一気に前進するためのアドレナリン増幅の作用はあるだろうが、人の精神を和やかにするとは限らない。
チェロの弦の音、クラリネットの響き、打楽器の震え、個性豊かな多数の楽器がそれぞれ異なった音色で異なったメロディーを奏でることで「ハーモニー」が醸し出される。響き合うことで「調和」ができる。
となりの演奏者の出す音を耳にしながら、自分のパートを演奏する。
そして、それを「ハーモニー」へと集約する指揮者がいる。
指揮者はそのような「差異」「違い」をもっともよく理解できる人だ。
「差異」「違い」の幅を理解し、「調和」へまとめられる人だ。
「差異」「違い」の幅、震え、これが個性ではないだろうか、生きていることの意味ではないだろうか。
コミュニテイの中でのひとりひとりの動きではないだろうか。
こんなことを考えた。