10-060. 透明人間(自己紹介)
2010.07.3
10-060. 透明人間(自己紹介)
ずっと昔から自己紹介というのは好きでない。
特に若い時はできるだけ「自分」「自己」「自我」といったものから離れたかった。
(自分を好きになれなかった)
「自分」から離れたところに理想郷があるような気がした。
外から眺めたり観察したり分析したりするのは好きだが、
自分が参加して関わりを持つことは避けたかった。
その意味での理想像は「透明人間」で、
本人は見られることなく見ることができる、という形態である。
(決して女風呂を覗くためではない、女風呂に興味を持っていたにしても)
年をとって面の皮が厚くなってそれなりに「自己紹介」ができるようにはなったが、
それでもどこかこだわりがあって、自分について言いたくない点、言いにくい点が残っていた。
人が私自身を紹介するとき、分かりやすく、また反響・反応を期待できるため、
「こいつなぁ、奥さん フランス人やねん。
こいつなぁ、大学 とうだい やねん。」
とこの二つを言うのが一番手っ取り早いみたい。
まぁ、はっきり言って、私自身の人生なんてものにだれも関心を持っているわけでもないし、
他人からの紹介であれ、自己紹介であれ、
それほどこだわることなんかないのは分かっている話ではありますが・・・
それでも、心のどこかでこだわっていて、
なかなか最近まで割り切れませんでした。
この頃会社の仕事のことも併せてこんな風に考えるようになりました。
会社で社長といった役割を果たしているからといって
「社長」「社長」といった抽象的な形態があるわけではないだろう、
自分が自分でなくなるわけでもないし、自分をなくすることもできないだろう、
むしろ逆に、自分の学歴や人生経験を稀少価値として積極的に評価して
それを前面に押し出していったらどうか。
会社の中で「公私混同」のプラスを出し、
「私的」なものを会社の中で資産として付加価値としてツールとして利用できないものか、
恥ずかしがったり、変な遠慮はやめて、自分の良いところも悪いところもひっくるめて
なにかうまいこと利用していきたい、
そんなことを考えています。
結局一生懸命自分を隠したいと思っても隠しおおせるものではない。
見られないで見たいという「純粋研究者」「絶対視線」
つまり私の理想の「透明人間」になるのは難しそうだ。