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お知らせ

25-022. 「うごくもの うごかないもの」6月号配信

25-022. 「うごくもの うごかないもの」6月号配信

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うごくもの うごかないもの
ー人・企業・不動産ー
平成25年 6月号
まぐまぐ ID 99461

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第一部

○  「お祝いの会」
○ 生野産業会セミナー
○ 不動産業者の話題
○ 第十六回および第十七回杉の実サロン 異業種交遊会

第二部
○ 誕生日
○ 食べ物
○ 「ツレがうつになりまして」映画DVD(推薦)
○ なぞなぞ クイズ(答え)

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第一部

○  「お祝いの会」

弊社で社長が交代し新社長就任のご案内を送らせてもらったところ、
「お祝いの会」をやろう、発起人になるよ、というご提案をいただいた。

社長が変わること自体についていろいろ準備が出来ていない状態で
社内的には大騒動をしていましたので、そんな「お祝いの会」といったことは考えてもいませんでした。
ただ、誠に有難いことなので是非お願いしますという運びになりました。

実際に考えてみると発起人様の立場もありあまり貧相なもので失礼になっても困ります。
何名の方に案内をすればどのくらいの割合でご出席いただけるのかも分からず、全く雲を掴むような話です。
不安の中の出だしでしたが、なんとか目処を付け5月23日の当日までに多くの方がたのご出席のお返事をいただくことができました。

また出席できない方々からもお祝いの言葉をいただきました。

当日は、発起人の方々の素晴らしいスピーチをいただき、社長はじめ社員みんな感激と感謝でいっぱいになりました。
新社長もさすが緊張していたが、うまく皆さんへメッセージを伝えることができました。

ミニコンサートでは、社長の夕陽丘高等学校同窓生でテノール歌手の谷浩一郎さんが
これまた社長の特別リクエストでモーツアルトのオペラ「魔笛」から難曲を2曲
端山梨奈さんと歌ってくれました(ピアノ伴奏内藤典子さん)。
出席者全員から大きな拍手で喜ばれ、大好評を博すことができました。

ホテルニューオータニの食事を楽しみながら、
出席者の中には「あれ、なんでこんなところでお目にかかることになってるの!?」といった出会いがいくつかありました。
いろんなところでつながっていくようです。

記念品としてエンジン社のネジザウルスのアメリカ市場向け「ヴァンプライヤーズ」と
文楽せんべい本舗の「文楽せんべい」をお渡しいたしました。
文楽せんべいの方は社長が手書きした鶏を刻印しています。

いろいろ記念になることをやらせていただき、感謝の念でいっぱいです。

いい思い出を作っていただきました。
平成25年5月23日のことです。

○ 生野産業会セミナー

高齢化社会におけるこれからの事業というテーマで5月15日に生野産業会館で行いました。
このようなセミナーは初めてでしたが、20名近くの出席者を数え、質問も多く関心の高さがうかがえた。

特に生野区・東成区という地域は高齢者の割合が高い。
弊社の不動産業者としての仕事にも直接関係してくるので
このような分野での活動をさらに深めていきたいと考えているが
(生野・東成を中心に土地の有効活用の提案を積極的にやっていきたい)
今回のセミナーを契機に具体的なお話がいくつか出てきて喜んでいる。

これからはほかのテーマでもセミナーを行い地元の企業様に
役に立つような情報提供を心がけていきたい。

○ 不動産業者の話題

毎月弊社で同業者が集まって情報交換・資料交換を行っているが、
最近の話題としては
1)収益物件の売り物がなくなっている。
2)売主がアベノミクスの影響かどうか、強気になっている。
安くは売らない。とりあえずは売るのを中断し、しばらく様子を見る売主が出てきている。
3)入居稼働率を高めようとどこも苦労している。
4)介護関連の「サービス付き高齢者用住宅(サ高住)の建築がおおくなっている。

いずれにせよ、今までより仕事が専門化していき、周辺部分の専門家(弁護士、測量士、銀行、税理士、建築会社など)との連携、提携が必要とされる。
ますます勉強が必要とされる世の流れになってきている。

○ 第十六回および第十七回杉の実サロン 異業種交遊会

2ケ月に一度の割合で、文化教養トークでの話題提供を行い、
その後懇親会で参加者同士の交流を図りネットワーク作りを行っています。

6月のサロンは以下の通りです:

タイトル:岡崎太トークショー
日時:平成25年6月26日(水)14:00-16:00
場所:杉浦実業第三ビル 会議室(2階)
大阪市東成区中本3-16-11
岡崎太議員にインタビューする対話形式で、
以下のような内容を語ってもらおうという企画です。
1)新米議員として
2)最近の大阪市議会
3)最近の維新の会
4)これからの岡崎太
参加費:3,000円
お友達をお誘い合わせのうえ、ご参加ください。

第十七回は8月23日に予定しているが、ビール片手に、選挙の結果も踏まえて
政治や政局、大阪や国の話題を取り上げたいと企画しています。
そんなお話できる人をお願いしたいと現在調整中です。
こちらもご期待下さい。

第二部

○ 誕生日

5月から6月にかけて我が家的には誕生日が多い。

末っ子で長男がやっと21になった。
遅く世の中に出てきたせいか(これは言い訳になってしまうか)
写真の数が少なかったりかなり放ったらかしの感じがあり
正直ちょっと申し訳ない感じを持っている。

最近川柳を作っているので、いくつか作ったやつを記念に残しておきたい。

誕生日 31日 21

サンマルク 長男今日で 21

誕生日 思い起こすは 救急車
(出産の時は救急車で八尾から泉北まで運ばれたのに同行した)

立ち会えぬ 出産の外 一人待つ
(上4人の娘の時には出産に立ち会った)

黄疸の 色の残れし 我が赤子

眼は開けず 小さき肉体 声発す

未知の子に 道筋あるか 不安有り

配偶者パートナーへの感謝の念は募るばかり(これホント!)
そこで 古式豊かに、「共に白髪で」もう白髪・・・
誕生日でいくつになったかは控えさせていただきます。

川柳壇「祝高齢歌(こうれいうた)」

誕生日 去年と同じ 年齢差

夫婦して 毎年2を足す 目出度さや

子に小言 若さを保つ 元気の素(もと)

親思い 心配かけるは 子の秘策

○ 食べ物

Facebook をやっていて驚いたことの一つは
食べることに関する写真や記述が圧倒的に多いことです。
食べることに関する関心がこれほど高いとは想像していませんでした。

生きるというのは食べるということなのでしょうか。
確かに食べたものが人間を形作るのでしょうから・・・
それで自分が今まで食べてきたものの思い出を語ることで
人生史を語れるかもしれないと思いつきました。

Facebookに好評連載中ですが、最近の力作をここで記しておきましょう。

東京からパリへと飛んだ時期を書いています。
フランスは食道楽の国でいろいろな食材、料理を味わうことができたが、
留学当初の貧乏学生時代に食べたものの思い出をまずお聞きください。

今まで小さい時から日本でいるときに食べたものの思い出を書いてきましたが、
… 本当言えばその時代食物はどうでもよかった。
東京でひとり暮らしの時などは三度の食事が面倒くさくて、
食事の理想形は宇宙食(カプセルを飲んで栄養バランスよし、と考えていたほどの興ざめ男子であった)と考えていた時期もあった。

フランスへ行って私の人生変わった、これはみんなに言っていることだが、
食うことを人生の目的にしているフランス人人生快楽主義に出会ったことは大きい。
ただ、それが分かるには大分時間がかかった。

まずパリでの食べ物の思い出は貧乏学生生活と結びついている。

13)羊の脳みそ

1969年のパリでも食っていかないといけない。
それも安く食わないといけない。

安く食べるためには学生食堂へ行くことだ。
学食に行くために学生証を手に入れる、
そのために大学に席を置く、こんなことが行われていた。

ソルボンヌ大学のあるカルチエラタンには沢山学食があった。
一般的に都心に近い便利は大きな学生食堂はめしはまずかった。
町外れ、あるいは小さな食堂たとえばカトリックの女子学生を対象にしているような学食は美味しかった。

そうは言っても 当然原価を抑えてあるからそんな美味いものはでない。
腹がいっぱいになればいいという学生相手である。
メニューの中で日本人が食べにくいのは羊の脳みそである。
脳の形をしている。
白というか灰色というか、シマが入っていたように思う。
(アガサ・クリスティの探偵小説主人公ベルギー人のポワローだと思うが「灰色の・・・」と脳を評して言っていたように思うが、羊の脳を見てもそんなことを思い出す)

柔らかくてその感触がまたあまり気持ちのいいものではない。
人によれば豆腐みたいなものやん、と言う。
まあ、なんかと一緒に流し込んで食べていたような気がする。

もう大昔のことでよく覚えていないので ウイキペディアで調べてみた。

(注) 牛(成牛および子牛)、豚、羊、ウサギなどの家畜の脳は食材としても用いられる。
主にヨーロッパおよび中東では肉屋の店先のほかスーパーマーケットでも流通している。
主に煮込み料理の出汁取りとして使われる他、フランス家庭料理のテット・ド・ヴォー(子牛の頭)という料理ではほほ肉と共に脳が用いられることもある。
同じく頭部肉のゼリー寄せなどに細かく砕いた脳が含まれることもある。
このわたの様な独特の食感がある。
BSEの影響により一時期ヨーロッパでは食材としての脳や骨髄の流通は減少したが、伝統的食材としての存在は未だに広く一般に受け入れられている。
(ウイキペディア)

こっちは青春の明るいお話、初夏の日差しを真面に受けて、
石原慎太郎の「太陽の季節」か(もう誰も覚えていないのだろうか、作家も年をとるとダメですねぇ)
あるいは三島由紀夫の「潮騒」(純粋無垢な若い男女)との一シーンを思わせる(?)

14)クレープ

こっちは暖かい天候の太陽の下、リュクサンブール公園の思い出と結びついている。

初めての春、暖かく気分もワクワクしだす季節。
公園にみんなが出て太陽を浴びる。街角で焼き栗が売られる。

カフェの店先で女性がクレープをその場で作っては売っている。
メリケン粉を薄く鉄板に引きくるりとしてひっくり返す。
熱いそのままを紙に包んで渡してくれる。

ワンピースを着ていて白い腕は出たままだ。
大きく動く体、腋はそのまま顕に見える。
腋にはその女性の毛が、黒々とした毛が見える。
当たり前のようにして見える。

彼女は労働者だ。
生活者だ。
肌は太陽に赤く光る。

そんな女性を見て、高校生の初恋の女の子を思い出した。
初めてデートして室生寺へ行ったとき電車の吊り革を彼女が握った時に覗き込んで見た彼女の腋にはうっすらと生えていたのだろうか。
物凄く可愛らしい少女だったが、その時そんな変なことを考えている自分は馬鹿だなあ、そんなことと関係なく彼女はこんない美しいのに・・・

クレープの食欲の話から別の次元の話になってしまった。

クレープは砂糖で食べるのが一番おいしい。
一番シンプル、シンプルな味が一番。

調子に乗って、今度はおばあちゃんで思い出す食べ物を二つ:

7)「まむし」 あるいは うなぎ (鰻丼うなどん)

いくつくらいのときのことか、はっきりした記憶はない。
おばあさんとなんか定期的に歌舞伎座へ歌舞伎を見に連れて行ってもらっていたようだ。
何回くらい行ったのか、まったく記憶にない。
遠くから見ていたようなのでそんなにいい席ではなかったのだろう。
舞台がやけに明るく、衣装がやけに色鮮やかであったのが強烈に印象に残っている。
その後の人生でそんな経験のせいで歌舞伎が好きになったり歌舞伎に興味を持ったりしたことはなかった。

覚えているのは、歌舞伎の後必ず「まむし」を食べたことである。
「まむし」というのは「うなぎ」のことで「鰻丼(うなどん)」である。
うなぎというと「うなどん」で「鰻重(うなじゅう)」なる食べ方があるなんて知らなかった。

いつも同じお店に行ったような気がする。
千日前か戎橋筋のお店か、狭い階段を二階へ登っていったような記憶がある。
今もあるのだろうか。

おばあさんはなんで孫なんかをつれて歌舞伎へ行ったんだろうか。
今思うと不思議な気がする。

8)おはぎ

もうひとつは「おはぎ」である。
おばあさんが作ってくれたのだと思うのだが、母親も手伝っていたのか、定かでない。
覚えているのは、美味しかったのと大きかったことである。
餡子がべったり沢山ついているのときな粉のものとあったが、きな粉の方が好きだった。
口いっぱい頬張って二つも食べると満腹感で幸せだった。
贅沢なご馳走だったのだろうか。

こんな思い出話を書いたあと
娘に話すと、その場でスマホでウイキペディアを見て教えくれました。
「おはぎ」と「ぼたもち」が一緒のものだ、って。
確かに「ぼたもち」で検索すると「おはぎ」の項目に行き着きます。

なんとなく別物だと思っていましたが・・・
皆さん言葉に騙されないようにしましょう。
分かっているつもりのコトバにも注意しましょう。
同じことを話しているのか・・・同じことを話しているつもりが別のもののことかも

おばあちゃんの「おはぎ」から話が飛んでしまいましたが
ご存知でしたか?
「おはぎ」と「ぼたもち」って一緒のものだって。

○ 「ツレがうつになりまして」映画DVD(推薦)

「全国民」が見るべき映画だと思いました。

宮崎あおい演ずる漫画家の夫(彼女は「ツレ」と呼ぶ)、
生真面目サラ リーマン堺雅人がある日「うつ」になる。
どうすればいいのか。
なにをすればいいのか。
なにをしてはいけないのか。

彼女の真摯さ素直さが、彼女の接し方が二人の世界、
二人が生きていける(心安らかに安心して生きていける)世界を、
そして家族が生きて行ける世界を作り出して広げていく。

彼女のモットーは、「がんばらない」。
「がんばれ」と人の心に土足で入り込まない。
あせらない。
そばにいる。
壊れないだけで十分。

現代の日本の社会において上から下までどのレベルの家族にも大なり小なり同じ問題が存在する。
家族の中に、あるいは配偶…者が、子供が、ウツになったり、難病にかかったり、そんな時にどうするのか。
なんとか早く立ち直れ、がんばれ、こうすればいいんじゃないか、など、つい声をかけたくなる。
外野席からは不甲斐なく思える時がある。

オレはこんなに一生懸命にやっているのになんでお前はできないのだ、いややらないのだ。
無言のうちにこんなメッセージを発していることもある。

距離をとること。
すこし離れて見守ること。
おそらくわれわれにはこんなことしかできないのだ。
おそらくこれが最上の態度なのだ。

そんな人がすぐ隣にいても十分一緒に生きていける家族でないといけないだろう、
そんな社会でないといけないだろう。

ウツになる原因を探り「普通」「以前のように」することも大事かもしれないが、
ウツの意味を問い直す、そんな発想にも共感を覚えた。

息子の嫁が調子が悪いときには、自分もあんまり頑張らず一緒になって「しんどいなぁ」と言って、
一緒にサボることをしてあげるのはどうだろうか。
あんまり自分が「いいこ」(曽根綾子もなんかそんなことを言っていたきがするが)になろうとすると、
自分自身知らないうちに体と精神を壊してしまう心配がある。
「全国民」に見てもらいたい理由でもある。

原作の漫画を買いました。
ただ今読んでおります。

○ なぞなぞ クイズ(答え)

仙台(500と500で千台)です。
本は買っていただけたでしょうか。

伊坂幸太郎を買いましょう。

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