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会長ブログ

Preta_S18-030 「餓鬼」ってなんだろう?

 

餓鬼

「餓鬼」がいつもがつがつしていることから(育ち盛りの)子供の卑称。

餓鬼大将 遊び仲間のうちで、腕力が強く、一番いばっている者。

新明解国語辞典 第七版 三省堂

 

(食)と音を表す我ガ(つきる意)とで「うえる」意を表す。

餓虎がこ うえた虎、非常に危険なもの、また、欲深く残虐なもののたとえ。

福武漢和辞典 1990 Benesse p1169

 

なんとなくトランプさん 思い浮かべません?

 

Me  わたし わたし ミー ミー ばかり

18-024  「私の愛人」 本日の学び
 我的愛人
 
「おもてなしの中国語」NHKテキストp139
 
奥さんのことを中国語では「愛人」というんだ!
 
最近反省していること
娘たちや長男に申し訳なく思っていること
それは 親子の縦の関係より配偶者としてのパートナーとの横の関係の方が大事・大切にしてきたことです
 
しかしみんなわかってくれていることでしょう
しゃーないやん!?
 
大事に大切にしないとどっかへ行っちゃうやん!?

18-022 夕陽ヶ丘女学校 「細雪」 天王寺区烏ヶ辻 ダニエル・ダリュー

娘は夕陽ヶ丘女学校 天王寺区烏ヶ辻に借家 そんな人の話を読んだ

「細雪」谷崎潤一郎 新潮文庫 p137

p94 (・・・そうそう、そのレコードはあれでございます。ほら、あの、ダニエル・ダリュウが「暁に帰る」」の中で謡いました、あの唄でございます、と云ったりした)

スズランの日はフランス独自の風習
この日は親しい人や家族の幸運を祈ってスズランを贈る
シャルル9世が、正式にこの日を制定:
一茎のスズランが幸運をもたらすとして、
シャルル9世が毎年5月1日に、宮廷の女性にスズランを贈ることを決めました
こうしてこの伝統が生まれた この日は道端でスズランを売っても許される 子供達が小遣い稼ぎ 各種団体が資金集め
 「すずらんの咲く頃」 ダニエル・ダリュー ご紹介

Le temps du muguet
すずらんの咲く頃

Il est revenu le temps du muguet
Comme un vieil ami retrouvé
Il est revenu flâner le long des quais
Jusqu’au banc où je t’attendais
Et j’ai vu refleurir
L’éclat de ton sourire
Aujourd’hui plus beau que jamais

すずらんの季節が巡ってきたわ
再会した古い友だちのように
桟橋沿いをぶらぶらするために戻ってきたの
私があなたを待っていた土手まで
そして、あなたの微笑みが
花咲くのを見たの
これまでにないほど晴れたこの日に

すずらんの季節は決して長くは続かない
5月ほどはね
花束がすべてしおれてしまっても
私たち二人は何も変わらないわ
前と同じように美しく
私たちの愛の歌は
初めての日のように響きわたる

すずらんの季節は行ってしまった
疲れきった古い友だちのように
一年のあいだ、ずっと忘れていられるように
去っていくとき、私たちに残してくれた
春の気分を少しだけ
二十歳の心をすこしだけ
ずっと愛しあっていられるように

ダニエル・ダリューは1917年5月1日生まれ96歳(!)お誕生日
彼女はフランス、ボルドー生まれ

1931年14歳のとき、映画デビュー
国際的なスター1936年の「うたかたの恋」(Mayerling)当時19歳ぐらい

Danielle_Darrieux_in_Rich_Young_and_Pretty_trailer

18-018 「日本の中で最も日本的な地方」
 「日本の中で最も日本的な地方」って どこ?
「・・形から云っても、味から云っても、鯛こそ最も日本的なる魚であり、鯛を好かない日本人は日本人らしくないのであった。
ー従って、日本の中でも最も日本的な地方であると云う誇りが潜んでいるのであったが、同様に彼女は、花では何が一番好きかと問われれば、躊躇なく桜と答えるのであった。
・・・
そして、毎年春が来ると、夫や娘や妹たちを誘って京都へ花を見に行くことを、ここ数年来欠かしたことがなかった・・・
・・・
常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊を見物して
から帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山へ行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻ってきて、平安神宮の神苑の花を見る。
・・・」
鯛と桜と京都
日本って なあーに
変わったの
変わってないの
 南禅寺
Kyoto-maruyama
枝垂桜 円山公園
細雪本

18-017 「上本町9丁目の家」

それは こんな家です
ご紹介します
「純大阪式の、高い塀の門を潜ると櫺子(れんじ)格子(ごうし)の表月の一構えがあって、玄関の土間から裏口まで通り庭が突き抜けてい、わずかに中前栽の鈍い光がさしている昼も薄暗い室内に、つやつやと吹き込んだ栂(とが)の柱が底光りをしていようと云う、古風な作りであった。」 p201
そんな家の中で美しい四人姉妹がする会話
恐ろしいような会話
「上本町の本家」と「蘆屋の分家」と「夙川のアパート」三つの住居を渡り歩きながら四人姉妹がする会話
現代の大阪のおばはんの会話とあまり変わらない感じ
「サラリーマンやねん、MB化学工業会社の社員やて。ー」
「なんぼぐらいもろてるのん」
「月給が百七八十円、ボーナス入れて二百五十円ぐらいになるねん」
「MB化学工業云うたら、仏蘭西(フランス)系の会社やねんなあ」
「そうやわ。ーよう知ってるなあ、こいさん」
「知ってるわ、そんなこと」
・・・
「「その人、仏蘭西語できはるのん」
「ふん、大阪外語の仏語科出て、巴里にもちょっとぐらい行てはったことあるねん。
会社の外に夜学校の仏蘭西語の教師してはって、その月給が百円ぐらいあって、両方で三百五十円はあるのやて」
「財産は」
「財産云うては別にないねん。
田舎に母親が一人あって、その人が住んではる昔の家屋敷と、自分が住んではる六甲の家と土地があるだけ。
ー六甲のんは年賦で買うた小さな文化住宅やそうな。
まあ知れたもんやわ」
「そんでも家賃助かるよってに、四百円以上の暮し出来るわな」 p6-7
細雪本
5134-ZnapQL
上本町は 変わったのか
変わってないのか

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